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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)2610号 判決 1976年5月31日

原告 隅谷文昭

右訴訟代理人弁護士 西田温彦

被告 石原喜代

右訴訟代理人弁護士 朝山善成

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立て

1.請求の趣旨

被告は原告に対し、別紙目録記載の家屋を明渡し、かつ、訴状送達の翌日以降明渡ずみに至るまで一ケ月金八、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

2.請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨の判決

第二、当事者の主張

1.請求の原因

一、原告の父訴外隅谷武一(以下単に亡武一という)はその存命中の昭和四四年六月一日被告に対し別紙目録記載の家屋(以下単に本件家屋という)を賃料月額六〇〇〇円の約で賃貸したが、亡武一は昭和四五年二月二三日死亡し、原告が相続により本件家屋の所有権を取得するとともに賃貸人たる地位を承継した。

二、しかるところ、右賃貸借契約当時原告は亡武一から本件家屋を含む亡武一の貸家全部の管理を委ねられ、本件賃貸借契約も原告が亡武一の代理人として被告との間に締結したものであるが、当時すでに本件家屋は老朽化して破損が甚しく、原告としては成る可く早い機会に取毀わすことを希望し、新たに家屋を賃貸すると後日修理改造等の問題で借家人との間に紛糾が起り易いと考えていたので空屋にしておく考えであったが、被告から「自分は独り者で身軽であるからすぐ代わりの家を見つけて立退く。暫くの間だけ貸して貰えばよい」旨の申出があったので被告との間に賃貸後二年以内に単身者である被告において必らず別の住居を見つけて移転し本件家屋を明渡すことを約定し一時使用の目的で賃貸することとした。よって本件賃貸借契約は賃貸後二年を経過した昭和四六年五月末日限り期間の満了によって終了した。

三、かりに右の主張が認められないとしても、昭和四六年七月末ないし八月初めころ、原被告間で、本件賃貸借契約を合意解約し、明渡猶予期限を昭和四七年四月末日と定め、被告は同日限り本件家屋を明渡すことを約した。

四、かりに右の主張が認められないとしても、被告は本件家屋を借り受けるに際し、被告には当時すでに内縁の夫があり、賃借後は本件家屋で同居して生活する意思であるのにその事実を秘し、亡武一の代理人である原告に対し「自分は独り者で期限までには必ず立退くから暫くの間だけ貸してほしい」旨虚偽の事実を告知して原告を欺罔し、本件家屋の賃貸を承諾する旨の意思を表示させたものである。よって、原告は昭和四七年四月三日被告に到達した内容証明郵便で、詐欺を理由に本件賃貸借契約を取消す旨の意思を表示することにより、右契約は同日限りその効力を失うに至った。

五、かりに右の主張が認められないとしても、被告は原告に無断で訴外中原久雄を間借りさせ本件家屋を同人に転貸していることが判明したので、原告は昭和四九年三月一三日付準備書面により、被告代理人に対し、右被告の無断転貸を理由に本件家屋の賃貸借を解除する旨の意思を表示し、右書面は同月一八日被告代理人に到達したので同日限り本件賃貸借契約は解除された。

六、よって原告は被告に対し、本件家屋の明渡を求めるとともに本訴状送達の翌日以降明渡ずみに至るまで一ケ月八〇〇〇円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

なお、被告は本件第二回口頭弁論期日における答弁書に基づく陳述中、昭和四四年六月ころ被告と原告の父隅谷武一との間の本件賃貸借契約の成立を認める旨述べていたにもかかわらず第一八回口頭弁論期日において、昭和九年ころ被告の実母である訴外亡石原マツ(以下単に亡マツという)が昭和九年ころ訴外山田某より本件家屋を賃借し被告は右亡マツの賃借権を承継した旨主張するに至ったが、右は自白の撤回にあたり異議がある。

2.請求の原因に対する認否

一、請求原因一項の事実中、被告と原告の父亡武一との間に、昭和四四年六月一日、被告が本件家屋を、賃料月六〇〇〇円の約定で賃借する旨の合意の成立した事実は認めるが、その余の事実は否認する。すなわち、本件家屋は昭和九年ころ、被告の実母である亡マツが訴外山田某より家賃九円、敷金賃料の三ケ月分二七円の約で借受け、その後右訴外山田より本件家屋を買受けることにより賃貸人たる地位を承継した原告の先代亡武一との間に戦前戦後を通じ存続して来たものであるが、右亡マツが昭和四〇年三月九日死亡したため、その共同相続人間の協議により、被告が亡マツの賃借権を承継して現在に至ったものである。被告と亡武一との間の前記の合意は、従前より存続していた賃貸借契約を被告が承継するにあたり、亡武一との間で、賃貸借契約の内容を合意したに過ぎず、右の合意により新たな賃貸借契約の成立があったものと解されるべきではない。

二、同二項の事実中被告が「自分は独り者で身軽であるからすぐ代わりの家を見つけて立退く。暫くの間だけ貸して貰えばよい」旨申出て、原告との間に賃貸後二年以内に単身者である被告において必ず別の住居を見つけて移転し本件家屋を明渡すことを約定したことは否認し、その余の事実は争う。すなわち昭和四四年五月末ころ、被告の兄訴外亡石原嘉一郎(以下単に亡嘉一郎という)は原告に対し、「妹である被告が、現住するアパートから立退を要求され、被告の内縁の夫の奥野が仕事に失敗し金もないし困っているので貸してやって欲しい」旨申入れたところ、原告は賃貸期間を二年と定め、家賃を三〇〇〇円から六〇〇〇円に増額することを条件に被告が本件家屋に居住することについて承諾した。その後同年六月二〇日ころ、亡嘉一郎と一緒に原告方に赴きあらためて契約書を作成したのであるが、その際被告の夫奥野治美のことは話題にならなかったし、被告としてもすでに亡嘉一郎が話をつけているのであらためて問題にしなかった。原告は被告に夫のあることを当初より知っており、同年一二月末ころには原告が被告方の奥野の表札を見て奥野に貸しているのではないから表札をはずすように求めた事実がある。

三、同三項の事実は否認する。昭和四六年六月被告は原告から賃貸期間の終了を理由に明渡を求められたことはあるが結局家賃を三割強の二〇〇〇円増額することによって結着し、賃貸借を継続することとなり昭和四七年三月までは円満に家賃月額八〇〇〇円を受領していた。

四、同四項の事実は争う。前述のように被告は原告に対し、その主張するような欺罔手段を用いた事実はもとより欺罔の意思もなかった。

五、同五項の事実は争う。中原は被告が本件家屋に入居した当初より被告方に同居していたもので、近隣に居住する原告方借家人の一人である大井義一は、原告の代理人として賃料の取立て等を任されていたが、同人は被告方に出入りするうち、奥野、中原らと親しくなり挙句の果ては中原を自分の方の仕事の使用人として引抜いたのであり、原告も当然大井を通じ中原が本件家屋に同居している事実を知っていた筈である。

第三、立証<省略>。

理由

一、請求原因第一項中、原告の先代亡武一が、その存命中の昭和四四年六月一日、被告に対し本件家屋を賃料月額六〇〇〇円の約で賃貸した旨の主張事実について原告は自白の成立を主張するのでまずこの点について判断する。

被告は本件第二回口頭弁論期日において答弁書に基づいて陳述し、その答弁書中、「被告が原告の父亡武一より昭和四四年六月ころ本件家屋を住宅とし、期限二年、賃料月六〇〇〇円保証金敷金なしの約定で賃借した事実は認める」旨記載されていることが窺われるのであるが、右の陳述は被告の主張の経緯に鑑み、昭和四四年六月一日被告と亡武一との間に、本件家屋の賃貸借につき、右主張の内容の合意の成立があった事実を認める趣旨と解され、右の合意の成立と、その合意が、従前被告の先代亡マツと亡武一との間に存続していた賃貸借契約における賃借人たる地位を被告が承継したことに伴い、被告と亡武一との間で賃貸借契約の内容を更めて約定したに止まると解すべきか、あるいは右の合意により当事者間に新たな賃貸借契約の成立があったものと解すべきかは、右合意の際の当事者の意思解釈の問題に帰すると考えられるから、右被告の陳述により原告主張の日時における賃貸借の成立について被告の自白があったものということはできない。

二、そこで以下原告主張の日時における賃貸借契約の成否について判断する。

昭和四四年六月一日、亡武一と被告との間に、本件家屋を賃料月額六〇〇〇円の約で賃借する旨の合意が成立した事実は被告の自認するところであり、右の事実に成立の真正に争いのない甲第三号証、証人石原辰子の証言によって成立の真正を認め得る甲第四号証の一、右証人石原辰子、同隅谷武子の証言(第一、二回)原告本人(第一、二回)被告本人各尋問の結果を綜合すると、被告の兄亡嘉一郎夫婦は、昭和一一年ころ大阪市浪速区桜川三丁目の住居から本件家屋に転居し、昭和四四年六月被告が本件家屋に入居するまで永年にわたり本件家屋を賃借して居住していたものであるが、娘の芳子と同居することとなり本件家屋を明渡すこととなったのを機に、妹にあたる被告において本件家屋を賃借することについて、当時亡武一より本件家屋の管理を委ねられていた原告に交渉してその承諾を得、更めて昭和四四年六月一日亡武一との間に前記の合意をなすことにより同日右当事者間に賃貸借契約の成立をみるに至ったものであること、亡武一は昭和四五年二月二三日死亡し、原告が相続により本件家屋の所有権を取得するとともに賃貸人たる地位を承継したことが認められる。

被告は右の認定に反し、被告の実母亡マツと亡武一との間に本件家屋の賃貸借契約が存続していたことを前提として、右亡マツの賃借権の相続による承継を主張するのであるが、成立の真正に争いのない乙第一二号証の一、二によれば被告が亡マツと亡武一との間の賃貸借契約の成立を主張する昭和九年ころ亡マツの夫石原栄太郎の存命中であり、昭和一一年六月一二日石原栄太郎の死亡後は、亡嘉一郎がその家督を相続し、その日時は亡嘉一郎が本件家屋に入居した日時と一致することに徴し、亡マツが昭和九年ころ賃借人となって本件家屋を借受けた旨の被告の主張にそう証人石原辰子の証言、被告本人尋問の結果はたやすく措信し難く、他に前記の認定を左右するに足る証拠はない。

三、原告は本件賃貸借はいわゆる一時使用を目的とする賃貸借である旨主張するので判断する。

成立の真正に争いのない甲第三号証、原告本人、(第一、二回)被告本人各尋問の結果を綜合すると、嘉一郎が被告のため本件家屋の借受けを交渉した際、原告は被告が二年以内に他に適当な転居先を探して移ることを前提として、右嘉一郎申出を承諾し、賃貸借契約書中「契約は二ケ年と限定し、限月には速かに転出する。よって居住権、地上権、営業権等一切の権利は主張出来ない」と記載し、被告もこれを承諾していたことが認められるのであるが、一時使用の賃貸借と解されるためには、単に当事者間において、当該賃貸借を短期間に限って存続させることを約定したというだけでは足りず、賃貸人の側に、当該賃貸借を短期間に限定したことを相当とする事情が客観的に存在し、借家人の側においても右の事情を了承して合意したと認められることを必要とするところ、原告はその事情として、当時本件家屋は可成り老朽化し、破損が著るしく早い機会に取り壊わすことを希望していた旨主張するのであるが、右原告の主張する事情が、単に原告の主観的な希望、意図に止まらず、その旨を被告に告げて被告の了承を得ていたことについては、本件に顕われた前証拠によってもこれを肯認するに足りず、従って一時使用目的の賃貸借である旨の原告の主張は採用するに由なく、これを前提として約定の賃貸期間の満了を理由に賃貸借の終了をいう原告の主張は失当というほかはない。

四、つぎに原告の合意解約の主張について検討する。

原告は昭和四六年七月末ないし八月初めころにおける合意解約を主張するのであるが、成立の真正に争いのない乙第二号証の一によれば、原告は被告に対し、昭和四七年三月二七日付内容証明郵便により、本訴請求原因四項に主張する被告の詐欺を理由に、本件賃貸借契約を取消し、本件家屋の明渡を求める旨を通知したが、右書面中、当時被告が原告宛てに送金していた八〇〇〇円の金員について「昨年秋、当方と貴殿との間で成立した右家屋明渡しの約定に基づく損害金として受領しているものであり、今後も家屋明渡しに至るまで同趣旨でこれを受領しますからその旨御承知下さい」と記載し、右書面の記載によれば、家屋明渡しの約定の成立時期を秋とし、右の約定により賃貸借契約が終了したものとして、その後における被告からの送金は賃料としてではなく、損害金として受領する意思であることを通知していることが認められ、右の記載は原告が合意解約を主張する昭和四六年七月末ないし八月初めころが季節的には夏の時期にあたることと明らかに矛盾し、証人隅谷武子の証言(第一回)によれば同人も「被告と昭和四六年七、八月ごろでしたが一度会ったことがあります。朝早くでしたが期限がきているので少しでも早く退去してくれるよう口伝へに行きました。そのとき被告はまだ今のところ当がないのですぐ出られんといわれました」「四六年秋に原告が被告に明渡の交渉をしたということは聞いていますが、立会っていません」旨供述していることと併わせ考えると、原告の主張にそう原告本人尋問の結果(第一、二回)はたやすく措信し難いといわなければならない。

五、つぎに詐欺を理由とする賃貸借契約取消の主張について判断する。

成立の真正に争いのない甲第二号証の一、証人石原辰子、同隅谷武子の各証言、原告本人(第一回)被告本人各尋問の結果によれば、本件賃貸借契約の成立当時、被告には昭和二九年ころ以降生活を共にして来た内縁の夫奥野治実があり、被告も本件家屋を賃借したうえは右奥野と本件家屋で同居して生活する意思を有していたこと、原告が本件家屋の賃貸を承諾するに至ったのは、亡嘉一郎に対する信頼と、被告が同人の妹にあたる関係にあり、期限を二年に限っての賃貸借であることによるものであることが認められるのであるが、被告が原告を欺罔して本件家屋の賃貸を承諾させる意図のもとに被告自身において、あるいは嘉一郎を示唆して、自己が単身者である旨を積極的に原告に告知した事実については、本件に顕われた全証拠によってもこれを肯認し得ないといわなければならない。

六、最後に無断転貸を理由とする賃貸借解除の主張について判断する。

被告本人尋問の結果によれば、被告および奥野が本件家屋に入居した際、奥野の使用人である訴外中原久雄も、被告らとともに本件家屋に入居し居住するに至った事実が認められるのであるが、右中原が間借人として本件家屋の一部を賃借して居住していたものか、あるいは単に同居して生活を共にしていたものか、また原告が解除を主張する昭和四九年三月一八日当時においても、中原が本件家屋に居住していたか否か証拠上明らかではなく、かりに無断転貸にあたるとして、右被告の転貸行為が、民法五四一条所定の催告を不要とする程度の背信行為に該当することについても明確な立証を欠き、原告の右主張も肯認するに由なきものといわなければならない。

七、以上の次第で原告の主張はいずれもその理由がないから、原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 名越昭彦)

<以下省略>

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